| 静謐なピアノの響きと色彩感溢れる華麗なアレンジ。国内外で高い評価と数多くのファンを擁するイージーリスニング界のマエストロ・倉本裕基。彼の魅力が満載のスペシャル・プログラムの放送を記念して、創作に傾ける想いや自作に関する逸話を伺った。
−−今回、番組ではUSENオリジナル演奏として「霧のレイク・ルイーズ」と「メモリー・オブ・ラブ(愛の記憶)」の2曲を演奏して頂きますね。
倉本 「霧のレイク・ルイーズ」は、私が33歳の時に書いた曲で、オリジナルCDを作るきっかけとなった作品なんです。有難いことに高い評価を頂いていて、過去にCD化された300曲以上ある自作曲のなかでも最も愛着があるものです。いわば自作曲における長男のような位置付けの曲なんですよ。清澄な感じの曲調で、かといって凝り過ぎたところもなくて。手前味噌ですが、和声法の進行がうまくいっていて、曲として性格のいい奴、特にこの子はいい子だなという感じがする曲です(笑)。日本や韓国を始めとするアジアの諸国だけでなく、アメリカやフランス、アイスランドなど50カ国の方が聴いて下さっているんですよ。
−−まさに会心の一作ですね。
倉本 そうですね。とはいえ、出来上がるまでの苦労が多い曲で、仕上がるまでに3日はかかりました。ただ、曲の輪郭はあっという間に出来たんですよ。ほかの曲の場合はそうはいきませんから、この曲だけは特別ですね。私にとっては有難い曲というか、この曲のお陰で今日の私があるという大事な曲です。
−−「メモリー・オブ・ラブ(愛の記憶)」はいかがですか。
倉本 この曲はスミ・ジョーという韓国のソプラノ歌手への提供曲なんです。彼女はメトロポリタン歌劇場でキャスリーン・バトルの次にプリマを務めた人で、彼女の20周年記念ガラ・コンサートのゲスト出演の時に何かプレゼントしようということになって、韓国語にあとからメロディをつけて作ったんです。その時はオーケストラと歌の演奏でしたが、その後は、ピアノ・ソロやピアノとストリングスで弾いたりとコンサート・レパートリーのひとつにしています。今のところの最新作ですね。
−−作曲の際、歌曲とインストゥルメンタル曲とでは取り組み方や気分は違うものですか。
倉本 ちょっと違いますね。メロディを作る際、歌詞がある場合は、言葉に合わせてどこでフレーズを終わらせるかがある程度決まってきますが、インストゥルメンタルの場合は、どこで終えるかが自由なぶん悩みます。「メモリー・オブ・ラブ(愛の記憶)」を作る時は、韓国語がある程度は判るようになっていたので、歌詞の意味に沿って書きましたから、スミ・ジョーさんも気に入って下さいました。
−−そうした歌曲を集めた作品集の企画などはないのでしょうか。
倉本 それは音楽家の力というよりは、レコード会社のプロデューサーやスポンサーの力が大きく関わってきますからね(笑)。私がやりたいと言ってすぐに出来るものじゃありませんが、機会があれば是非やってみたいですね。
実は若い頃、アイドルポップスではないですが、そうした曲を作って4回ほど賞金を頂いたことがあるんです。ですから、私としては歌詞にメロディをつけることはある程度出来るつもりでいます。
美しいメロディ・ラインがあって、それがワンコーラスでまとまった構成を持っているということでいえば、私の作品もインストゥルメンタルとはいえ、どこか「歌」的なところがありますからね。韓国では私がこれまでに発表した既存の曲に歌詞をつけて歌いたいという話がいくつかありますので、今後そういった企画が実現するかも知れません。
−−ところで、作曲される際の着想の源は何でしょうか?
倉本 これまでに聴いてきた良い音楽の蓄えでしょうね。それが撹拌され、昇華され作品に表れていると思います。あと、ピアノの場合は、練習で弾いていた曲の影響が表れることがあるかも知れません。私は作曲家であると同時に演奏家としての仕事に数多く関わってきましたので、色んなアーティストの影響を受けていると思います。主にクラシックのロマン派、それにジャズの分野では、前衛的でなく叙情的でロマンティックな人たち。もっともロマンティックなジャズ・ピアノといった時にビル・エヴァンスを挙げてほかは違うのかといえばそんなことはなくて、エロール・ガーナーにしたって叙情的な側面に焦点を当てると和音の使い方などにそうした部分がありますよね。ファッションにしても最先端をいくものは奇抜になりがちですが、私はむしろオーソドックスなものを好みます。案外、オーソドックスって難しいんですよ。私の曲、音の並びを見ても本当に普通なんです。難しい音は使ってません。ですから、その枠組みのなかで勝負するために、日夜、苦心しています。だってCDになった曲がすでに300曲ありますから、それと同じじゃいけないし、ではスタイルを変えてボサ・ノヴァやればいいかというと、そういうものでもない。ビートを変えてやるなんてことはすぐ出来るんですけど、やはりこれまでやってきたスタイルのなかでやらなければいけないと思っています。
−−ご自身のなかで禁じ手があるわけですね。
倉本 判りやすく言うとドラムをいれないということです。つまり、敢えてビートに乗らないということですね。じゃリズムがないのかというと決してそんなことはないんです。あくまでも楽器編成における禁じ手のひとつという感じでしょうか。
口の悪い人で、とりわけアーティスティック志向の人は私の音楽を評して「なんだあのドミソの音楽」なんて言う人がいますけど、やはり「ドミソ」は大切だし、実際、私の場合、もうちょっと突っ込んだことをやってるんですよ。例えばこれは揶揄するわけではないんですが、リチャード・クレイダーマンさんの曲の場合は「ドミソ」が中心ですけど、でも、それがまた良いんですね。ところが、私の場合はそれをそのままやっちゃうと顔で負けるから(笑)。だからといって、モダン・ジャズのもっと複雑な音を出すなんてことをやっても判り辛くなりますからね。そのあたりのバランスを常に考えています。
70年代はピアノがメインのイージーリスニングというのがちゃんとあったんですよ。しかも昔はピアノのスターがいたんですね。そうやって考えると、今はちょっと寂しい時代かも知れません。だけど、スターは必要なくてもオケと一緒にピアノを弾く人にもっと注目が集まればいいと思います。もちろん歌もいいんですけど、歌の占める割合が95パーセントというのはないんじゃない? と言いたいですね。せめて歌60パーセント、インスト40パーセントくらいの比率になって欲しいし、それくらいの配分が本当はちょうどいいんじゃないかなと思います。
−−メロディが浮かぶ瞬間や法則はありますか。
倉本 曲作りはエネルギーが溜まって高揚した時や、逆に落ち込んだ時など、変化があった時に出来ることが多いですね。ただ、このところ出す方が多くてエネルギー不足な感じです(笑)。
−−オーケストレーションについて、誰かほかの人に任せてみたいと考えられることはないですか。
倉本 私の場合はまだ早いという気がしますね。これが例えば坂本龍一さんや久石譲さんのように揺るぎない地位がある方であれば、誰にアレンジの依頼を投げようが大丈夫だと思いますけど、私はまだ弱いと思っています。それに自分のアレンジを味にしている部分もありますし。でも、いずれ誰かが私の作品をとりあげて下さるようになったら、その時が本当の意味で成功したと言えるのかも知れません。そんなことを言いつつも、独りよがりと思われるかも知れませが、孤高の存在でもいいかなと思う時もありますが。
−−ご自身を多作だと思われますか?
倉本 寡作だと思います。普通にメロディという体裁を保つ曲でさえあれば、いくらでも書く自信がありますから、いつでも多作家になれるんですけど、一応私なりに絞って書いていますからね。ただ、CDになっている確立は高いです。何しろ作った曲のほとんどがCDになっているんですから。 だけど、300曲というのは、さほど多くないんじゃないでしょうか。
−−倉本さんの場合、アルバムごとに毎回ライナーノーツを書かれていますね。その意図するところは何でしょう。
倉本 まずは聴き手に自分で作った意図を判って頂きたいということがあります。もちろん、音楽の聴き方なんて、聴き手それぞれの自由だと思うんですよ。ですから聴き手に何かを強要するつもりはありません。ただ、作り手には至るところに意志がありますから、それだけは示したいんです。
食事でいえばコース料理って、前菜から始まってスープがあって…というように流れがうまく出来てますよね。ですから私のアルバムもそれと近くなるように考えているんです。特に最近の作品は。全部メインディッシュでもいけないし、かといってサイドディッシュがまずいといけない。これは良い喩えかどうか判りませんが、お寿司ならお寿司のなかでの変化があるじゃないですか。イカがありマグロがあり、ウニがあるという。でも、そこにビフテキは入らないわけですよ。そうやって、ひとつのジャンルのなかでのメリハリをつけているところがあります。もちろん、さっきお話した通りどう聴いて頂くのも自由なんです。アルバムの最初から順番に聴かなくとも、並べ替えて聴いて頂いても。だけど、まずはこういう流れがありますよということだけは伝えたい。CD一枚を通して聴いて頂くことで、ブックレットに添えた写真ですとか、解説なんかもトータルで楽しんで頂きたいという想いがありますね。
−−それはやはり曲単位の配信では得られない楽しみかたですね。
倉本 そうかも知れません。
−−でも、たまには寿司やお決まりのコース料理じゃなくて、イタリアンやハンバーガーに手を出したいなという気にはなりませんか?
倉本 そりゃなりますよ。でも今の私にとってイタリアンやハンバーガーに類するクラシックやジャズは趣味なんです(笑)。楽しいですよ、趣味の世界は。だって、うるさい人に何を言われようと「趣味ですから」って言ってればいいんですから。実際、クラシックは趣味でやっていても勉強になるし一石二鳥です。特に技巧や響きの練習になりますし、一方のジャズは、創作的なコードやラインのことなんかを学ぶ側面があるんです。ほんとアマチュアと割り切ってしまえば楽なんです。もっとも、最近はそういった趣味に興じる時間もないんですけどね。
ただ、イージーリスニングだけは私の勘所ですから、常々、誰にも負けないように作らなければといけないと思っています。
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